山形地方裁判所酒田支部 平成6年(ワ)17号 判決 1997年5月08日
原告
X
右訴訟代理人弁護士
赤谷孝士
山形県酒田市<以下省略>
被告
荘内証券株式会社
右代表者代表取締役
A
山形県酒田市<以下省略>
被告
Y1
右両名訴訟代理人弁護士
加藤栄
右同
加藤勇
主文
一 被告らは、原告に対し、連帯して金一三〇万円及び内金一二〇万円に対する被告荘内証券株式会社について平成六年三月二九日から、被告Y1について平成六年三月二七日から完済に至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを五分し、その三を原告の、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、各自、原告に対し、金三二〇円及び内金三〇〇万円に対する被告荘内証券株式会社について平成六年三月二九日から、被告Y1について平成六年三月二七日から支払済みに至るまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、被告会社の従業員の説明義務に反した違法な勧誘によりワラントを購入させられ、その結果、右購入代金相当額の損害を被ったとして、民法七〇九条及び同法七一五条に基づき、被告会社及びその従業員に対し、右損害の賠償を請求した事案である。
一 前提となる事実(証拠を掲げた部分以外は、当事者間に争いがない。)
1 被告Y1(以下、「被告Y1」という。)は、被告荘内証券株式会社(以下、「被告会社」という。)の従業員であり、平成二年当時、被告会社の鶴岡支店に配属されていた。
2 原告は、平成二年五月八日、被告Y1の勧誘により、新日本製鐵株式会社(以下、「新日鐵」という。)のワラント証券二〇口(以下、「本件ワラント証券」という。)を金三〇〇万円(一口一五万円)で購入した。本件ワラント証券の権利行使期間は、平成六年一月二五日と定められていた。
二 争点
1 被告Y1の説明義務違反の有無
(原告の主張)
(一) ワラント証券は、一般に周知性が低く、価格変動が激しく投機的であり、価格形成の複雑さ、投資金額を失う可能性などから、証券会社が顧客に対しワラント証券の購入を勧誘するに際しては、通常株式との差異、価格の暴騰や暴落の可能性の高さ、取引価格と現状株価との関係、ワラント証券の行使期間、行使価格、付与率、プレミアム等について、特段の説明をした上で、顧客の十分な理解とリスクに対する了解を得るべきである。
被告らは、原告と被告会社との過去の取引実態及び信頼関係に鑑み、ワラント証券が株式や他の債券とは異なるものであるとの視点、特に投資金額全額を失う可能性や処分時期及び方法に関する判断が難しいとの視点から、①新株引受権であるが、権利行使期間が定められていて、期間を経過すると無価値になること、②権利行使期間中であっても、株価が下落すると投資額を割り込む価格構成となり、最悪の場合ほとんど無価値となること、③権利行使期間中の権利行使による新株引受には、更に新たな数倍の資金を要することを、説明すべきであった。また、右の事項は容易には理解できない内容であるがゆえに、説明書を交付し、原告が納得の上で投資を決断するまで、質問に答えて理解を求めるべきであった。
(二) 原告は、従前から新日鐵の株式を保有しており、株式の知識は有してはいたが、ワラント証券の何たるものかの知識は全くなかったところ、平成二年五月初め頃の午後五時三〇分ころ、被告Y1から原告の自宅への電話で新日鐵のワラント証券の購入を勧誘された。右の架電時間は、五分ないし一〇分間であり、被告Y1は、原告に対し、①ワラント証券という新商品で、新日鐵のものがあること、②ワラント証券は、新株引受権のある証券であることを告知したが、ワラント証券の権利行使の意味と新たな資金の必要性、権利行使期間、付与率、価格変動が激しく投機的であること、投資金喪失のリスク等についての説明をせず、また、本件ワラント証券の値動きの予測についても一切話さなかった。
原告は、被告Y1の右説明、新日鐵という会社の知名度及び信用度及び原告が既に購入して被告会社に預けていた公社債をワラント証券の購入資金に充当し買替えをすることにより、新たな支出を避けることができる旨の勧めにより、原告は、新株発行に際して有利な条件で持株数の増加を図ることができるとの認識に至り、消極的ながら、本件ワラント証券の購入に同意した。
(三) なお、被告らの主張によっても、原告は、被告Y1が本件ワラント証券の勧誘をした当日に、原告が指値注文をしたというのであるが、投資対象としては高度の知識と深い経験を必要とし、一般個人投資家向けの金融商品ではないとされるワラント証券を、原告が即座に理解し、注文したこととなる。これは、被告Y1が、原告に対し、ワラント証券について不明確且つ不十分な説明をし、新日鐵という会社の知名度、信用度と原告の有する僅かな株式投資知識を巧妙に利用した欺罔行為的な購入勧誘をした成果としか考えられない。
(四) 被告会社は、後日、原告に対し、本件ワラント証券についての平成二年五月八日付の預り証及び計算書を郵送したが、ワラント証券の内容等についての説明は全くなかった。
原告は、本件ワラント証券購入後も、被告会社に対し、再三にわたりワラント証券についての文書による説明書の交付を求めたが、被告会社は、平成四年二月二五日に至って、ようやくワラント証券の写しを交付し、さらなる原告の要求に対して、平成五年八月三一日に至って被告会社から国際証券株式会社発行の「ワラント取引のあらまし」と題する書類及び国内ワラント取引説明書の抜粋を交付したに過ぎなかった。
(被告らの主張)
(一) ワラントの説明義務
ワラントは、商法上認められた証券であるが、証券会社は、顧客に対してワラントの内容について一定の説明義務を負うと考えられる。
しかし、証券会社が顧客に対して負担するワラントの内容についての説明義務の範囲は、ワラントの商品性質や価格形成の必ずしも全てではなく、顧客がワラントの購入を判断するための必要な範囲に留まると考えられる。
また、ワラントの説明義務は、全ての顧客に対し常に同一ではなく、当該顧客の意向、投資経験、資力、職業、年齢などにより若干は変動しうるものであり(適合性の原則)、その具体的な説明義務の内容は、顧客ごとに個別具体的に判断されるべきである。したがって、説明義務の範囲は、ワラントの有する高い投機性すなわちハイリスク・ハイリターンの特質に関して言及したうえこれに関する注意を促す程度で足りると考えられる。
(二) 被告Y1の勧誘の際の説明義務違反について
被告Y1は、平成二年五月七日、原告に対し、当時の原告の勤務先であったa小学校の体育館脇の一室で面談し、新日鐵のワラント証券の購入を勧め、ワラント証券に関する必要な商品説明を行い、原告から本件ワラント証券の指値注文を受け、同日、取引が成立した。
被告Y1は、同月八日、原告と、前記a小学校の一室で面談し、原告に対し、本件ワラント証券の預り証及び計算書を交付し、原告から現金三〇四万円の支払を受け、内金三〇〇万円を本件ワラント証券の代金三〇〇万円に充当し、内金三万二九六〇円を取扱手数料に充当し、原告に対し、残金七〇四〇円を釣り銭として返金した。
以上のように、被告Y1は、原告に対し、①ワラントが新株引受権を表象する権利であること、すなわち、ワラントは、それ自体が新株に変化するものではなく、新株を行使期間に行使価格で取得することができる引受権であるということ、②ワラントには行使期間が定められていること、すなわち、ワラントにはそれぞれ行使期間が定められており、行使期間終了までに証券を処分するか新株を引き受けるかしないと権利行使ができなくなり、証券が失効してしまうこと、③ワラントの価格の変動が株価の変動に比較して大きいこと、すなわち、ワラントの値動きの方が株の値動きよりも大きく、ギアリング効果があり、そのためハイリスク・ハイリターンの商品となっていることを説明しており、具体的に株が一〇パーセント程度値動きすればワラントは三〇パーセント程度値動きする旨を伝えている。
また、被告Y1は、原告に対し、ワラントの購入を勧める際に、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」と「外国新株引受権証券(外貨建てワラント)取引説明書」が一緒に綴られているパンフレットを提示している。
(三) 原告の投資経験等
原告は、職業は教員であるが、被告会社と二〇年以上取引を行っており、投資経験はかなり豊かである。原告は、平成元年以降も株式を一万株規模で売買するほどの投資歴を有しており、被告会社と長期間にわたり継続的に主に元本の保証されていない証券を中心に証券取引を行ってきたものであり、その取引金額も、一回の額が一〇〇〇万円を越えることもあったのであり、原告は被告会社の顧客の中でも取引高の大きい顧客に属する。
(四) 結論
右の原告の投資経験に鑑みれば、前記の被告Y1は、原告に対し、必要な範囲の説明義務は履行している。
2 損害及び過失相殺
(被告らの主張)
仮に被告らが原告に対して不法行為責任を負うとしても、原告には次のとおりの重大な過失があり、被告らの損害賠償義務は、過失相殺により大幅な修正を加えられるべきである。
① 原告は、被告Y1から、たとえ十分でなかったとしてもワラントについての相当程度の説明を受けており、ワラントの取引について、その証券としての仕組みや取引に伴う危険を相当程度は理解することができたはずである。
② 原告は、被告Y1の説明の内容を十分に理解することができなかったのであれば、被告Y1に対してより平易な説明や説明の繰り返しを求めるべきであったが、特にそのような要望をしていないために、被告Y1は、原告が前記説明を十分に理解したものと判断せざるを得なかった。
③ 原告は、かなり以前から株の取引を行っており、株価が大きく変動することは熟知していた。被告Y1は、原告に対して、新日鐵の株価の下降に対する対策方法として新日鐵の株のナンピン買いを勧め、資金の都合からこのナンピン買いに代わるものとしてワラントの購入を勧めており、その際に、ワラントの方が株よりも少ない投資金額で同様のナンピン効果が得られる旨を説明しているから、原告は、被告Y1のこの説明によりワラントが株よりも値動きの大きい証券であること、すなわち、よりハイリスク・ハイリターンな商品であることを理解することができたはずである。
④ 原告は、平成二年四月一七日、被告Y1からワラントに関する説明書を示されたが、右説明書の閲読は希望せず、また、その内容について質問などもしておらず、さらに、被告Y1から示された「ワラント取引に関する確認書」なる書面にも特に異議を留めずに署名捺印して、被告会社に対して自己の判断と責任においてワラントの取引を行う旨を意思表示しており、被告会社に対して、ワラントの取引についての説明義務を免除するとともに、ワラントの取引による危険すなわち損害は自己負担とする旨を約束している。
被告Y1は、原告のかかる態度により、原告がワラントの商品性質を理解したうえで説明書を閲読しなかったり確認書に署名捺印したものと判断せざるを得なかった。
(原告の主張)
原告の株式等の保有は、教員を退職後の資産保有を意図したもので、売買差益は期待していなかった。株式等を資産として維持できるだけで良いのだが、被告Y1が度々電話で株式等の買替えを勧めるので、原告は結果的には何度もの売買を経験したが、実質は被告Y1の判断であり、ときには原告の意思を無視した売買を郵送された計算書や預り証で知ることもあった。
右のような状況でありながら、原告が被告Y1を信頼していたのは、新たに手許からの出捐を要求されず、銘柄が替わっても持株数が減少しなかった事実に基づく。すなわち、被告Y1を介した原告の株式等の売買の実態は、売却額から売買手数料及び税金を差し引いて購入できるだけの別銘柄株式への持ち替えに過ぎない。この際、原告は、現金を受領しておらず、売買差益があっても被告会社が預り金として処理していたので、被告らが株式買い増し用資金や売買手数料不足の際に補充していたと思われる。
第三争点に対する判断
一 ワラントの特質と原告の投資経験等
1 甲七、八、乙一、被告Y1本人の結果によれば、次の事実を認めることができる。
ワラントとは、分離型新株引受権付社債のうちの新株引受権だけを表象する証券であり、右社債からワラントのみを切り離して独立して取引の対象とされる。ワラントに表象される新株引受権とは、権利行使期間内に権利行使価格を払い込むことによって付与率(社債額面金額に対する一ワラント当たりの払込金額の比率であり、新株引受権の行使により一ワラントあたり何株の新株を引き受けられるかを示す割合)によって定まる一定の数量の新株を取得することができる権利である。ワラントに表象される新株引受権は、予め定められた権利行使期間内に行使する必要があり、この権利行使期間を経過すると、その価値を失うこととなる。したがって、ワラント所有者は、権利行使期間内にワラントを売却するか、ワラントに表象されている新株引受権を行使するか、新株引受権を放棄するかのいずれかを選択する必要がある。ワラント所有者が、ワラントに表象されている新株引受権を行使するときは、ワラントの発行会社が予め定めた行使価額を追加払い込みする必要がある。
ワラントは一定の時期に一定の価格で一定の数量の新株を取得することができる権利であるから、理論的には権利行使価格と行使期間における実際の株価との差額がワラントの価格となり、権利行使期間における実際の株価から行使価格を引いた差額に一ワラントあたりの引き受けられる新株の数量を乗じた金額が、一ワラントの理論価格となる。しかし、実際の市場においては、将来における株価上昇の可能性などに対して付与されるプレミアムが付加された価額で取引される。
ワラントの価格は、理論価格とプレミアムによって形成されるため、株価の変動とは必ずしも連動しないが、一般的には、株価の変動によってその数倍の幅で変動する傾向があり(ギアリング効果)、少額の資金で株式を売買した場合と同等以上の投資効果を上げることも可能であるが、その反面、値下がりも厳しく、場合によっては投資金額の全額を失うこともあり、さらに、前記のように権利行使期間を経過すれば、ワラントは無価値となる。
2 甲一一、一六、乙三ないし一三、一九原告本人(一回)・証人B・被告Y1本人によると次の事実を認めることができる。
(一) 原告は、昭和六年○月○日生まれで平成二年五月当時五九歳であった。原告は、昭和二七年三月に山形大学を卒業後、同年四月から教員となり、以後通算で小学校に約二八年間、中学校に約一〇年間勤務し、平成三年三月三一日に退職した。
(二) 原告は、昭和二九年ころから、社会情勢との関係で株式に興味を持ち、また、人から勧められ、被告会社鶴岡支店と取引を始めた。以後、原告は、継続して取引をし、株式、外債、国債、社債等の証券(以下、「株式等」という。)を保有しなかったという時期はない。原告は、株式等を購入する資金としては、給料のうち生活費を除いたものを使用した。
原告は、株式の取引について、新聞等で知識を蓄えたが、それ以上に特別に勉強したことはなく、実際に取り引きしたことがあるため、株式と社債、国債、外債等との違いは理解していた。原告は、鉄鋼株を取り引きするという基本方針を持っており、被告会社の担当者から鉄鋼株以外の株への買い替えを勧められてもその指示に従うことはなかったが、鉄鋼株の範囲内では被告会社の担当者に取引を任せる傾向があった。原告は、頻繁に取引をすることはなく、また、原告からの注文は専ら売り注文であり、自分から買い注文をすることもなく、被告会社の担当者からの勧誘に応じて買い注文をすることが多かったが、その際にも、原告は、直ちに取引を決断することは少なく、慎重に取引をするタイプだった。
原告の被告会社との証券取引の内容は、主に株式の売買であり、株式以外には、中期国債ファンド、東北電力社債、外国企業割引債(GEクレジット、アーチャーダニエル)、投資信託(公社債CBトラスト、三洋ユニット、国際社投)のほかに本件ワラント証券がある。右の中期国債ファンドの取引は昭和五七年、外国企業割引債の取引は昭和五八年のことであり、平成元年ころからは、一回の取引額が一〇〇〇万円を越えることもあったが、信用取引の経験はない。
被告会社の担当者は、電話で勧誘することもあったが、原告の勤務する学校に赴き、その一室で原告と直接面接して、取引の勧誘をすることが多かった。
(三) 被告会社では、平成元年暮れころから平成二年の初めころ、ワラントの販売をするようになり、被告会社の本店に全店の営業担当者を集めて被告会社の取引先である国際証券株式会社の担当者を講師としてワラントの講習会を開催した。右の講習会においては、一時間三〇分くらいにわたって講師が持参したワラントに関する小冊子を使用し、値動きのこと、株との比較、理論価格、行使期間、投資効率等の説明を受け、また、海外ワラントについての為替をからめた計算例などの講習が行われた。さらに、この講習会では、セールスをする際の注意点として、ワラントはリスクが大きく、仕組みを理解するのが難しいので、退職した高齢者、未成年者、投資経験の少ない人には勧めないこと、行使期間の短いものはそれだけ値上がりのチャンスが少ないので勧めないようにすること、理論価格が高いものはプレミアムが下降すると急激に価額が下落するので勧めないこと、利益が出たらすぐに売却した方がよいこと、客の総資産がどれだけあるかも考慮することなどが指摘された。
被告Y1は、右の講習会に参加したが、それ以外にも東洋経済等の経済誌を購読したり、国際証券株式会社や三洋証券株式会社の担当者からワラントについての情報を得たりした。
被告Y1は、昭和六一年ころ、被告会社の本荘営業所に勤務していた当時、担当していた顧客からの注文でワラントを取り扱ったことがあり、その当時にも、日本証券新聞、日刊投機新聞、株式市場新聞、株式新聞等を購読してワラントについての知識を得ていた。
(四) 原告は、平成二年二月初め、被告Y1の勧誘に応じて、新日鐵の株合計二万株を合計一四三二万〇四六八円(一株単価七一〇円)で購入したが、その後、新日鐵の株価は下がり続け、同年四月中旬ころには一株の単価が五五〇円から六〇〇円くらいとなった。
被告Y1は、原告に対し、右のように新日鐵株の株が買値より値下がりしているので、安値で新日鐵株を一万株ほど買い増しして買値の平均単価を下げるためのいわゆるナンピン買いを電話で二、三回勧誘したが、原告は同意しなかった。被告Y1は、原告には新規に株式を購入するための資金の余力がないのだろうと推測した。
二 争点1について
1 甲一、二、乙一、二、一四、一五、一六、被告Y1本人の結果によると次の事実を認めることができる。
(1) 被告Y1は、平成二年五月初めころ、原告に対し、前記の新日鐵のナンピン買いに代わる新日鐵株の下落に対する対策として、株式よりも値動きが大きく、投資効率のよい本件ワラント証券の購入を電話で勧めたが、原告は即答しなかった。被告Y1は、同月七日昼ころ、当時原告が勤務していたa小学校に赴き、同校の体育館脇の一室で、原告と約二〇分位面談し、本件ワラント証券の購入の勧誘をした。
この際、被告Y1は、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」(乙一)及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙二)を示して、約一五分間ワラントの説明をしたが、右の各説明書はいずれも形式的にテーブルの上において、原告が見られるように示した程度で交付はせず、また、原告は、被告Y1に対し、これらの説明書の内容について説明を求めることはなかった。
また、被告Y1は、原告に対し、本件ワラント証券の行使価格七三〇円は、原告が平成二年二月初めに購入した新日鐵の株価七一〇円に近いので、これに二〇円を足すと行使価格になると、行使価格と株価の関係を話し、新日鐵の株価と新日鐵のワラントが上場された平成二年一月末から同年五月までの大まかな価格の推移をメモや数字を示して値動きが大きいことについて説明し、株価が一割動くとワラントは二、三割は動くと説明した。
被告Y1は、原告に対し、本件ワラント証券の行使期間について、行使期間の間にワラントを売買しなければならないこと、国内ワラントについて行使期間は四年以内と定まっていることを説明したが、行使期間後にはワラントの価値がなくなることは話さなかった。
被告Y1は、原告に対し、本件ワラントの行使価格の七三〇円を基準にして、株価が七三〇円を下回るならわざわざ新株引受権を行使して七三〇円のお金を出して新株を買う必要はなく、そのときは安い時価で既存の株を買えばよく、株価が七三〇円を越えたら七三〇円を振り込んで新株を買って儲けることができると話した。
また、被告Y1は、原告に対し、株価がワラントの行使価格を上回らなくても、株価が上昇すれば、ワラントの価格が値上がりすることを説明した。被告Y1としては、原告に本件ワラント証券を購入して貰い、本件ワラント証券自体の価格が上昇したところで、本件ワラント証券を売却することで利益を上げることを考えていた。
(2) 原告は、同日、被告Y1に対し、本件ワラント証券の購入を注文し、原告は、「ワラント取引に関する確認書」(乙一四)に署名捺印した。
被告Y1は、翌八日、再び前記a小学校に赴き、原告から現金で三〇四万円を受け取り、本件ワラント証券の売買代金三〇〇万円及び手数料三万二九六〇円を控除した七〇四〇円を釣り銭として原告に渡した。
被告会社は、その後、原告に対し、本件ワラント証券の預り証(甲一)と計算書(甲二)を郵送した。なお、右の計算書には、被告会社のコンピュータシステムの都合により、原告が以前に外国債券を購入していたので、明細欄に「Gコウシャサイ」と印字されているが、外国公社債を売却した代金でワラントを購入した場合には、計算書には売却した外国公社債の銘柄や売却金額が印字されるところ、右の計算書には、そのような印字はない。
(3) なお、原告は、被告Y1からの勧誘は電話によるものであり、被告Y1が前記a小学校を訪問したのは、平成元年三月ころに、自動車購入代金に充てるお金を届けてもらったときだけであり、被告Y1以前に被告会社の担当者が原告の勤務する学校を訪ねたことはなかったこと、本件ワラント購入資金として現金を支払ったことはないこと、被告Y1からは、ワラントは株式に比べて利益が大きいという説明のみで、ハイリスクであること、権利行使期間があることなどについての説明は受けていないこと、ワラントについての説明は二、三分しかされなかったこと、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」(乙一)及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙二)は交付を受けたことも提示されたこともないこと、「ワラント取引に関する確認書」(乙一四)は被告会社鶴岡支店で署名捺印したこと、原告は本件ワラント証券を「ワラント」という名前の会社の株式だと思ったことなどを供述する。
しかしながら、甲一、二、乙一五、一六、証人Bの証言、被告Y1本人尋問の結果に照らすと、右の原告の供述は直ちには信用できないところ、平成二年五月当時、前記のように原告が比較的高齢であったこと、さらにその後加齢のためか、原告の供述自体が矛盾、混乱していること、また、甲一の預り証には「シンニッポンセイテツワラントショウケン」と記載されているのであるから、「ワラント」という名前の会社の株と思ったとの供述も信用できず、結局、右の点についての原告の供述は全て信用できないといわざるを得ない。
2 以上の事実に基づいて、被告Y1及び被告会社の責任について検討する。
(1) 一般に、証券会社は、単に証券取引の営業により利益を追求するのみではなく、公正な証券取引の担い手として、株式その他の有価証券の流通が適正かつ円滑に行われるよう努める公的義務を負っていると解される(証券取引法一条、四九条の二、五四条一項一号他参照)。
もっとも、証券取引は、本来リスクを伴うものであり、投資者自身の責任において当該取引の危険性の有無、程度を判断して行うべきものではある(自己責任の原則)が、証券会社及びその営業担当員としては、前記のような証券会社の公的義務を損なうことのないように、適切に一般投資者に対して、その投資者の投資経験、財産状態等に照らして明らかに過大で危険を伴う取引を積極的に勧誘することを回避すべきであるし、さらに、内容が複雑で危険性の高い商品を勧誘する場合には、信義則上、投資者の意思決定に当たって必要な当該商品の内容、当該取引に伴う危険について十分に説明する義務を負うというべきである。
そして、ワラントは、前記のようにハイリスク・ハイリターンの商品であること、行使期間を経過すると無価値となることなどから、株式に比較して多額の利益を得られることもあるが、投資額全額を喪失することもある商品であるから、被告会社及び被告Y1も、また、原告に対し、本件ワラント証券の内容、その取引に伴う危険性について十分に説明義務があったというべきである。他方において、もちろん、前記のように、当該投資者の投資経験等により、証券会社及びその営業担当員の具体的な説明義務の内容は異なることとなる。
(2) 原告は、平成二年当時、昭和二九年以来約三五年以上の投資経験を有するものであるが、鉄鋼株の現物取引が中心の投資経験に過ぎず、また、積極的に取引をしていたわけではないこと、ワラントの取引の経験がなかったこと、平成二年二月以降被告Y1が新日鐵株のナンピン買いを勧めても資力の関係から応じられない様子であったこと、前記のとおり、原告は当時五九歳と比較的高齢であったことなどを勘案すると、ワラントの権利行使期間の存在のみではなく、その期間を経過したときには無価値となること、新株引受権を行使するときには新たな資金が必要であること、新株引受権を行使しないときには権利行使期間内にワラント自体を売却する必要があること等の説明を原告が十分に理解しているかどうか配慮しながら具体的に説明する義務があるというべきである。
(3) 被告Y1は、原告に対し、確かに具体的に例を上げ、また、メモや数字を示して、ワラントについての説明をしていることは認められるが、権利行使期間経過後ワラントが無価値となることは告げていないし、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」(乙一)及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙二)も、形式的に提示したにすぎず、結局、どちらかというと株式に比べて大きな利益が上がるという側面を強調し、リスクの面についての説明が疎かであったことは否定できない。また、その後、被告会社から原告のもとに郵送された預り証にも権利行使期間の記載が「償還日」と記載されていたり(甲一)するなど記載の仕方が十分なものとはいえないところもあった。
また、被告Y1本人尋問の結果による、被告Y1自身も原告が投機性の高い商品に手を出す性格の顧客ではないと認識していたのであるし、前記認定のように原告に資金的余裕がある顧客ではないと認識していたのであるから、被告Y1が参加した平成元年暮れの講習会で指摘されたワラントを勧めるべきでない顧客の要素を原告が持っていたことも考え併せると、直接面接したとはいえ、わずか一五分程度の説明で原告がワラントについて十分理解したとは認められない。
(4) そうすると、被告Y1の原告に対する本件ワラント証券の勧誘行為は、説明義務を尽くしていない違法なもので、被告Y1は民法七〇九条の不法行為責任を負うというべきである。
また、被告Y1の右行為は、被告会社の事業の執行について行われたものであることは明らかであるから、被告会社もまた民法七一五条による不法行為責任を負うこととなる。
三 争点2について
1 本件ワラント証券の権利行使期間は、平成六年一月二五日であるから、既に右期間を経過しており、現在無価値となっており、原告が支払った投資額三〇〇万円について損失が生じていることが認められる。
2 ところで、原告は、比較的高齢とはいえ、三五年余りの株式取引の経験があり、また、被告会社の担当者の意見のままに株の取引をしていたわけではなく、自らの方針に基づいて、拒むべき取引は断り、慎重に株の取引をしてきたことは前記認定のとおりである。したがって、原告は、被告Y1が、不十分ながら、ワラントが通常の株式よりも値動きが大きい商品であること、権利行使期間があること等の説明を受けていたのであるから、従前からの慎重な性格に基づいて、さらにワラントの特質について説明を求めることは極めて簡単なことであったというべきである。また、原告において、被告Y1から提示された「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書」(乙一)及び「外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙二)を開いて閲読することも容易なことであったというべきである。
以上の事実の他前記認定の諸般の事情を考慮すると、過失相殺として、本件取引により原告が被った損害の六割を減ずるのが相当であり、そうすると、金一二〇万円の限度で損害を認めることができる。
3 また、原告が、本件訴訟を提起するためには、専門的知識を有する弁護士の助力が必要であったことが認められ、弁護士費用として金一〇万円の損害を認めるのが相当である。
4 なお、原告は、本件損害賠償義務の遅延損害金として年六分の割合の遅延損害金を請求するが、本件請求は不法行為に基づくものであるから法定の年五分の割合による損害金の限度で認められる。
5 よって、原告の本件請求のうち、金一三〇万円及び内金一二〇万円に対するいずれも不法行為の後の日である被告荘内証券株式会社について平成六年三月二九日から、被告Y1について平成六年三月二七日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払う限度で理由があるから認容し、その余は理由がないから棄却することとする。
(裁判官 塩田直也)